相模女子大学大学院特任教授、昭和女子大学客員教授。
東京生まれ。慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。住友商事、リーマンブラザース勤務などを経て2002年頃から執筆活動に入る。2008年、中央大学教授 山田昌弘氏と『「婚活」時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓、婚活ブームの火付け役に。内閣府男女共同参画局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員、内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員、株式会社サンワカンパニー社外取締役などを務める。著書に『後悔しない「産む」×「働く」』(齊藤英和氏と共著、ポプラ新書)、『 ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち 』 (中公新書ラクレ)など多数。
オフィシャルブログ(https://ameblo.jp/touko-shirakawa/)
「婚活」の提唱者の一人である白河桃子(とうこ)さん。婚活に関する著作で注目を集め、昨今は執筆活動に加えて働き方改革実現会議委員をはじめさまざまな政策提言活動にも取り組んでいます。そんな女性のライフキャリアに関する第一人者である白河さんが考える、これからの生き方とは?教壇や研修の豊富な具体例を紹介しながら、現状の課題と理想のカタチについて語ります。
白河先生は女性の働き方、キャリアと出産・育児の両立に関する本を多く出版していますが、その活動を通じて見えたことを伺わせてください。
私は大学生を対象に『「産む」と「働く」の授業』を手掛けたことをきっかけに、後悔しない働き方・キャリアと出産・育児の両立といった分野の本をたくさん書いてきました。日本では、子どもを産むことに関して4つのハードルがあります。まずは性に関する知識として、避妊や不妊という妊娠に関する知識が普及していないこと。2つ目が、パートナーシップと結婚の制度。3つ目が、プライベートと仕事の両立。この3つのハードルを乗り越えられないと、子どもを産めません。そして4つ目のハードルとして、不妊という課題に直面します。
一つひとつのハードルの最後に不妊という課題があるんですね。
以前、国立成育医療センターの齊藤英和先生と『妊活バイブル』(講談社)を書いていたとき、齊藤先生が「私のところに不妊治療に来る患者さんの平均年齢は38歳です。医学が進歩しても妊娠率をコンマ数%上げるだけでも大変。治療をするなら、1歳でも若いうちに来てもらったほうがいいんです」とおっしゃっていました。それがきっかけになって、妊娠についての知識を含めて身に付けてもらう授業を始めることになりました。私自身、36歳で結婚しましたが、いま思えば夫を引きずってでも、すぐに病院に行って不妊治療をすべきだったと思っています。
いま取り組んでいる活動には、ご自身の経験も深く関わっているんですね。
当時、妊活は不妊治療と呼ばれていましたが、今ほどメジャーではなく、暗くて辛い、ネガティブなイメージでした。私自身も不妊治療については取材していたものの、踏み込んだら大変なことというためらいもありました。顕微授精などの努力はしなかったのですが、今になって「あの頃に努力していれば、子どもを産めたのではないか」と思うんです。
子どもを産む、産まないも個人の自由な選択次第ですが、知識がなければその選択すらできません。ですから、『「産む」と「働く」の授業』のコンセプトとして「“知らなかった”をなくしたい」を掲げて、その筆頭に妊娠の知識を位置付けました。
女性のライフキャリアをテーマにした『「産む」と「働く」の授業』を手掛けていくなかで、どんな発見がありましたか?
大学生が対象ということで、避妊の知識はあるという前提で始めました。ところが、学生にアンケートを取ってみたところ、多くの人が避妊についての知識がなかったり、間違った知識を信じたりしていることがわかったんです。そこで、避妊についても取り上げるようにしました。最近は不妊についての知識も普及してきて、むしろ「この時期に子どもを産んでね」というメッセージの押し付けになってしまう可能性が出てきました。だから、そうではないことも合わせて伝えています。
ライフキャリアの知識が普及してきたなかで、何を伝えることが大切だと考えますか?
もっとも大切なのは、「共育て・共働き」を意味する「チーム育児・チーム稼ぎ」の大切さを伝えることです。今の若い人は押し付けられるというよりも、「私は結婚できるの?」「子どもを産めるの?」という疑問を持っているように感じます。産まない自由は先人のおかげで獲得されました。しかし、さまざまな選択肢があるのに、いざパートナーがほしい、結婚したい、子どもを産みたい、と思ったときの情報は足りていません。ジェンダーマイノリティの話や、家族のさまざまな形態を取り上げ、結婚以外の選択肢についても話しています。
『「産む」と「働く」の授業』は性教育の一部でもあるんですね。
性教育は、毎日顔を合わせる先生と生徒ではどうしても話しづらいテーマだと思います。だからフランスのように、外部から専門講師を招いて性教育の授業を行うのは良い形です。ただ、フランスでは「愛情をもってセックスすること」まで教えるようで、単に体の話だけではないんですね。それにフランスや北欧では、結婚せずに家族として暮らす事実婚の家庭が、法律婚する家庭と同じくらいあることなども伝えています。
最近は日本の若い女性たちに、個人差はあるものの、女性が妊娠するにはある程度適した時期がある、という知識が広まりつつあると感じています。精子の劣化など、男性向けの情報普及にも取り組んでいますが、男子学生にはあまりピンと来ないようで、「女性が仕事を辞めずに働き続けると、生涯で1億円以上も世帯所得が増える」という話のほうが刺さるようです。実際に、共働きに理解のある男性が増えていることを実感していますし、「交際相手が専業主婦希望なのですが、どうすれば仕事を続けるように説得できますか?」という相談があるほどです。
男性も問題意識を持つのはとても大切なことです。
不妊は女性だけが原因で起こるわけではありません。「不妊治療の最初のステップでは男性も一緒に診察に行きましょう」と伝えていますが、最近の男性はパートナーが望めば、すんなり同行してくれる人が多いようです。妊娠・不妊は個人差が大きくて、赤ちゃんの5%ほどは40代の女性から生まれています。20代だから確実に妊娠できる、40代だから絶対に妊娠できない、というものではないんです。
白河先生は想像以上に性、特に妊娠・出産や避妊・不妊について、力を割いて教えていますね。
本当は、キャリア形成やジェンダー平等にもっと力を入れたいんです。それでも性教育の部分を厚くしなくてはならない理由は、日本の学校ではちゃんとした性教育をしていないから。最初、高校に『「産む」と「働く」の授業』の声をかけたところ、医師を招いて避妊や不妊について教えているという学校はたくさんありました。でも、それと女性のキャリア形成を結び付けるところまで、一貫して教える人はあまりいません。最近では男性の育児参加の話題も関連してきますから、学校ではそこまで教えてほしいのです。
企業でも講演されていますが、どんな反応がありますか?
妊娠・出産の話をすると、受講対象の若い女性たちからは「キャリア形成の講義を聞きに来たのに、なぜ妊娠・出産の話なの?」と疑問を持たれることもあります。若い女性が子どもを産んで、同時に仕事でも活躍するというビジョンを持っていないんです。逆に「今、仕事以外のことを考えてもいいんだ!」と驚く人もいます。
ある企業では、入社3年目、25歳くらいの女性たちをターゲットにした研修のなかで、3人の子どもを育てた女性社員の方が、25歳のときにしていたことを聞かれて、「結婚のクロージング(結婚の決断を促すこと)をしていました」と答えたんです。女性たちにとって、そういうビジョンが必要なのだと思います。
女性が活躍している、あるいはそれを目指す企業が増えていますが、その点について思うことはありますか?
「両立不安白書」という資料によると、子どもを産んだことがない若い働く女性の9割以上が「仕事と子育ての両立ができるか不安」と答えているんです。その上で、他人に迷惑をかけたくないのであれば、「仕事をあきらめる(転職・離職)」「出産の機会を遅らせる」を選ぶと答えています。これは、少子化が進む日本社会にとってはゆゆしき問題です。
なぜ「仕事と子育ての両立ができるか不安」という声が大多数を占めているのだと考えますか?
企業の女性社員に対するアプローチは、出産などのライフイベントを念頭に、それより早く人材を育成し、リーダーシップを学ばせる早期育成になってきています。これが大きいのではないでしょうか。日本では、女性が活躍している企業でも、立場の上の人たちが若手女性に「あなたのキャリアのためだから、今は子どもを産むな」などと言ってしまうことが少なくないですが、これは明らかにリプロダクティブ・ヘルス・ライツに反した言動です。
一方、若い女性たちは「産めるときに産もう」と考えています。たとえば、26歳で管理職育成コースに入って、28歳でその課程を終えるとします。その間に妊娠・出産したら、その人はもう責任ある仕事を任せられるチャンスを失ってしまうのでしょうか? そんな働き方はおかしいですよね。外資系企業が仕事と年齢を結び付けないように、日本企業の人材育成もそうすべき。ある生命保険会社が50代からの女性管理職を募集したら、いっぱい手が挙がるそうですよ。晩期育成もありなんです。
「やりがいのある仕事をしたいならば、若いときに子どもを産むことはできない」という不安もあるのでしょうか。
男性たちと同じように、全力で仕事の階段をかけ上がらないと、取り残されてしまう。そう考えている人が多いから悩むのだと思います。そういう固定化したキャリアイメージから解放される社会にしていきたいですね。その意味では、男性には育休取得という課題があります。
男性の育休取得についてはどう捉えていますか?
先日、ある企業の男性育休イベントに参加しました。社長さんがスウェーデンを視察したとき、街でベビーカーを押している人の9割が男性で、スウェーデンの大臣に話を伺ったところ、「わが国では、男性は3カ月程度の育休を取るのが普通です」とおっしゃったそうです。それを聞いて、「わが社でも男性全員、3カ月の育休を取るようにしよう」と提案したら、社内から数字をもとに「育休の対象となる男性全員が3カ月の育休を取得すると、経営に支障が出ます」と反論されたというのです。
女性の育休制度をつくったときは、育休が経営に与える影響を考えていなかったのでしょうか? 多くの企業では、女性の正社員の割合が少ないから、育休や時短を取得する人が出る度に、残りの人が余力で穴埋めしてきたのだと思います。
女性の育休制度を築いてきたやり方を男性の育休制度にも応用できるはずだと。
そう思います。これからは、たとえば「5人の戦力が必要なチーム」では、常にメンバーが一人多く在籍するくらいの余力をもって配置する必要が出てきます。産休や育休だけではなく、介護や不慮の病気、あるいは社会人学生として学びたい人などが出てくることに備えておかなければならない。そんな時代がそこまで来ているんです。男性も女性も、キャリアの考え方を変えなければならない時期が来ています。
白河先生が改めて、これから社会人になる10代、20代の女性たち、あるいは社会人になりたての女性たちに伝えたいことは何ですか?
日本では、母としても会社員としても、女性は組織に滅私奉公(=私利私欲を捨てて忠誠を尽くすこと)が称賛される傾向がまだあります。でも、すべてにおいて、まずは自分を大切にしてください。特に女性は稼ぐ力を手放さないようにしてほしい。自分の人生なのだから、自分でハンドリングできることが多いほうが、良い選択をできるチャンスが多くなります。
キャリアを中断せずに仕事を続けられるとはどういうことか。そのことをまだ実感できていない家庭が多いかもしれません。今の大学生のご両親は、「女性は結婚・出産でいったん退職し、育児が終わった後パートで働く」という形での共働きも多い世代です。もちろん、働いていない人にも、さまざまな選択をする権利はあります。でも、自分で稼いでいたほうが、選択がしやすい、できることが多いのは、間違いありません。それに加えて、周りの人の力をうまく借りたり、逆に貸したりして、助け合える関係をつくっていくのも大切です。
その上で白河先生が実現したいことは何ですか?
今の大学生や若手の社会人の皆さんが社会の中心になるまでには、仕事、私生活において、何かを手に入れるために犠牲を払わなければいけない時代が終わっているよう願います。そのために私は、自分の人生を自分でデザインできる人と、そのパートナーになれる人を育てていきたいと考えています。
取材・文:I LADY.編集部
編集:加藤将太
*この記事は2019年11月22日に取材したものです