語る I LADY. コロナによる変化は自分、そして時代を変えるチャンスです

コロナによる変化は自分、そして時代を変えるチャンスです

株式会社たかくら新産業 代表取締役社長

高倉健さん

1964年、京都府生まれ。大学卒業後、西武百貨店に入社。西武百貨店渋谷SEED館の企画担当等を経て独立。世界各国から高感度な化粧品や雑貨を輸入販売した後、たかくら新産業を創設し、オリジナルブランド“メイド オブ オーガニクス”を立ち上げる。以後、オーガニックを身近な存在とすべく様々な商品を世に送り出し、オーガニックの日本での概念を大きく変革することに寄与。

ウェブサイト:https://takakura.co.jp/

売上累計 200万本突破した「日本で一番売れている天然アロマスプレー」として有名な「アウトドア ボディスプレー エクストラ」を生み出した高倉社長にインタビュー。
社長がなぜ特に若い世代を応援しているのか、そしてなぜオーガニックブランドがセクシュアリティ商品を開発しているのか。その熱い思いをお聞きしてきました。

01

死生観をつかんだとき、本当に必要なものが何かがわかりました

日本におけるオーガニック商品の意義を、かつてのニッチな需要からマス向けに幅広く展開し人気を博しているたかくら新産業。そもそも高倉社長がオーガニック製品にこだわる理由には、どのような経緯があるのでしょうか?

もともと私は百貨店に勤務していて、世界のあらゆるいい商品を自身の目で見てきました。そのキャリアを経て会社を立ち上げて、まだ日本では馴染みのなかったボクサーパンツやアイピローなど、日本のQOL(Quality of Life)を高めたいという視点で海外から輸入販売し、またその後商品を開発していました。

会社が軌道にのり多忙を極めた頃、私にとってある重大な事件が起こりました。妻が倒れたのです。乳癌でした。死ぬかもしれないという不安に襲われる妻を日夜励ましながら過ごし、幸いにして、手術の成功を見届けることができました。

しかしほっと一息ついた翌日、今度は私が街角で倒れて、気づけば病院でした。気絶していたのだそうです。目覚めた私は即入院することとなりました。働き盛りの私を襲った病魔。しかも原因がわからないまま、下痢や嘔吐が続きなんと一気に体重が13kgも落ちてしまったのです。何度検査しても原因不明ゆえ、処方されたのはビオフェルミン(笑)。鍼や漢方に頼る日々でした。

この時、私たち夫婦の死生観が大きく変化したのです。

「人間、いつか死ぬかわからない。だったらこの命を誰かの役に立たせたい」と。

価値観、考え方、生き方すべてが変わるご体験でしたね。

これを機に健康に注意が向き、予防医療に対する興味も湧くこととなりました。またそれに伴いオーガニック製品に対しても慎重な目で見極めるようになっていったのです。

そして意識することで気づいたこともありました。妻がある日「オーガニック100%のシャンプーを見つけたよ」と差し出した商品を見ると、シャンプー全体の1%以下である香料のみ、100%オーガニック精油を使用したものだった、なんてことがあったのです(笑)。

そう、日本は、オーガニックに関する法律が定まっておらず無法地帯ゆえ、このようなことが起こり得たのです。

またその頃、長男のアトピーに悩まされていた時期でもあり、体に優しい製品を使いたい、でも日本においては手に入りにくい、ならば自分で作るしかない。

そんな考えから誕生したのが、たかくら新産業の製品でした。要するに何か売れるためのマーケティングをしたわけではなく、まったくもって「私的な」「反マーケティング」製品なのです(笑)。

02

若者を支援する理由。それは情熱こそが尊いものであるから

現在高倉社長は起業を目指す若者に対し、無料でコンサルや相談会を行っているそうですが、それはいったいどのようなお考えからでしょうか?

これは私のライフワークになりつつあります。次の世代にバトンをつなぐことが私の使命だと感じているからです。

もちろん商売というのは自分や利益のためでもあるのですが、あくまでも「利他の精神」がなければやっていけません。

私は今までの経験から製品づくりや経営でのノウハウ、ロジカルな思考を持っています。しかし若者が持つあの圧倒的なピュアなエネルギーというものは欲しくても手に入れることができません。

ロジカルだけではダメ、かといって情熱だけでももちろんダメ。

既存の製品づくりというのは、「ロジカル」ありき、つまりはマーケティングありきで、後から情熱を後付けするような製品があふれていました。しかしそのようなやり方では日本にこれ以上よい製品を生み出すことはできないのではないかと危惧しています。

だからこそ、若者の持つエネルギーをなんとか形にしたい。そんな思いから、若者支援を行っています。

若い世代を応援したいと思ったその理由はなんだったのでしょう?

現在、人の役に立ちたいという思いを抱えた若者の多くは非営利のNPO法人などを選択しています。私はこの現状を非常にもったいなく感じていますね。

自ら起業し利益を追求しながらも、世の中に貢献できる方法はたくさんあります。知らないだけなのです。そんな選択肢があることをどう伝えていくかも、自分の役割の一つなのではないかと思い、このような取り組みをしているわけです。

またコロナを機に、本物の情熱が通じる時代に変化しているのを感じますね。ネガティブなことばかりに目が向きがちですが、コロナ以後、価値観が大きく変化したことはネガティブなことだけではなく、チャンスもたくさん生み出していると実感しています。本物がしっかり評価される時代になった。だからこそ本物の情熱が評価されると私も信じています。

03

セクシュアリティに対する考え方も変革の時。今だからこそ必要な商品を世に送り出したい

「セックスの当たり前を、変えよう」をテーマにしたセクシュアル・アメニティ・ブランドbda ORGANICを立ち上げたことでも話題になっていますね。このようなブランドを世に生み出す意義をどのように感じていらっしゃいますか?

最近になってようやく認知されてきましたが、実は10年前からこの取り組みは行っていました。当時はアダルト商品、アダルトメーカーという扱いを受けたりと、真摯な思いが伝わりにくく苦労はしましたね。

もともと「bda ORGANIC」の前に、デリケートゾーン専門のスキンケアブランドPubicare organicを立ち上げていました。

その商品を浸透させるためにはまずはデリケートゾーンについての知識を世の中に広める必要性があると感じ、「デリケートゾーンケアアンバサダー講座」を始めました。

そこで出会ったI LADY.アクティビストでもある産婦人科医の宋美玄先生とお話しする中で、中高年のセックスについての意見交換がたびたび行われたんです。

「なぜ男性にはバイアグラがあるのに、女性にはそのようなものがないのか」とおっしゃられ、それもそうだと納得しました。

ないのであれば作るしかない!そして女性だけでなくオールセクシュアリティ向けの製品にすべきであると。

最近では、少しずつ性やセクシュアリティに関する話題が頻繁に上がるようになりましたね。

セクシュアリティに関する価値観は、少し前にNHKでフェムテック特集が組まれ、その中でセックス・トイが紹介されるなど、大きな変遷の時を迎えています。我々は今後も力を入れるべき分野であると考えていますね。

ジョイセフI LADY.の理念の一つであるSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)を通じ、我々と共通の理念が存在すると感じています。

今後、I LADY. とのコラボレーション企画なども行っていけたら、もっと大きな広がりにつながりそうですよね。

最後に、読んでくださっている方に一言お願いします。

はい、特にバブルを知らない若い世代のみなさんへ。コロナの時代を経て、ますますSNSなどインターネットでの発信力が増したことでチャンスが広がり、資本がなくても大きなことを成し遂げる可能性が増えました。ピンチはチャンスのタイミングでもありますので、ご自身の可能性をご自身の手で閉じないようにと願います。

利他を徹底的に突き詰めれば、それはやがて利益を生み出し利己にもつながります。

世の中に何かを生み出す0−1をやってみたい、世界中を驚かせてみたい。

そんなピュアで熱い情熱を形にしたいときは、ぜひ私のところに相談に来てくださいね。

取材:I LADY.編集部
文・編集:吉田奈美

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